『レトリックの記号論(講談社学術文庫 1098)』(佐藤信夫/講談社)を読んでいたら、こんな文に出くわしました。…将棋のルールというものに決してずれが起きないのは守備範囲が限定されているからです。将棋のコードは将棋盤上のことだけをとりしきればよろしい。将棋のコードで神の存在を論じようとか、将棋のルールをもって恋文を書こうなどということは誰も思いつかない。(33ページ)
ああ。すいません、佐藤信夫先生。(将棋ではなく囲碁だけど)碁盤の上で神を論じている場面を堂々と引用してしまいました。もちろん、しっかりと読めば「将棋で」と書いてあるわけではなく「将棋のコードで」と書いてある。だから、佐藤信夫先生の言っていることと、このページの「ヒカル」の言葉とは違う次元のことだということで決着がつきます。
ですが、私が笑ってしまったので、ちょっと書いてみました。