-『涼宮ハルヒの憂鬱』3巻83ページ(谷川流[原作]・ツガノガク[漫画]/角川書店 角川コミックス・エース)緩叙法(二重否定)は、手前に出てきた否定的な文を、さらに否定するものです。前に出てきた否定的なフレーズを、否定する。このことによって、かえって強調します。
「否定の否定」をする
- 緩叙法(二重否定)を使いたい。その時には、「否定されたことを、さらに否定する」という手順をふむことになります。その手順は、遠回しで婉曲な表現となります。緩叙法(一重否定)には、「強める」効果と「遠回しにする」効果の2つがあります。ですが、「否定を否定する」という手順には変わりありません。
:遠回し、婉曲、回りくどい、持って回った、ねちねち、くだくだ、間接性、遠い、縁遠い、迂回性、迂回
二重否定は、受け手に負担をかける
- 上にも書いたように緩叙法(二重否定)では、語や文がからみ合って登場します。そのため受け手(読み手・聞い手)に、負担をかけることになります。ですので、それほど多く使うことは見合わせておいたほうが無難です。
- 引用は、『涼宮ハルヒの憂鬱』3巻から。
ここでの登場人物は、2人。みくると、主人公のキョン。
2人は、SOS団(という同好会)に、無理矢理に入団させられていた。
(なお、SOS団とはなにか、については省いておきます。涼宮ハルヒといった存在あるかも、本のタイトルにキッチリ『涼宮ハルヒ』と書いてありますが、省略します)
ある日のこと。キョンはみくるから「今度の日曜日… 一緒に買い物生きませんか…?」と誘われる。そんなわけでキョンは、みくると日曜日に集合することになった。
みくるのお目当ては、ブティック。試着する、みくる。そして、いちばん上に書いた引用です。
キョンの感想。悪かろうはずが
ありません
とのこと。
この文をよく見てみると、悪かろうはずが
ありません
となります。
まずはじめに、「悪い」ということば出てくる。これは、いうまでもなく「否定的なことを示す単語」です。この単語をさらに、「ありません」ということばによって、否定します。この結果、「良い」ということが強調されることになります。
![『さくら荘のペットな彼女』1巻65~66ページ([原作]鴨志田一<br>・[作画]草野ほうき・[キャラクターデザイン]溝口ケージ(アスキー・メディアワークス 電撃コミックス)](http://www.fukirhetoric.com/image/jpg/petnakanojo1-18.jpg)
- 空太「あんたは
- ほんとに聖職者か!?
- 聖職者としての[li]]自覚を持て!!」
- 千石先生「聖職者の自覚?
- そんなの
- 父親の睾丸の中に
- 忘れてきたわよ」
- 「誰が三十路ですって~!?
- 私はまだ
- 29歳と15か月よ!!」
次の例は、『さくら荘のペットな彼女』1巻から。
これは、学生寮の「さくら荘」をめぐってのお話。
主人公の空太(そらた)は、「さくら荘」の住人。そして、いま「さくら荘」に来ているのが千石先生。美術教師。
ここで千石先生は空太に、とてつもなく困った相談をもちかけてくる。いや、「相談」ではない。「渡す物がある」と、持ってきた写真を空太に見せる。そして、写真の人物とは「駅に6時に駅で待ち合わせをしているので、迎えに行って」と言われる。これは、どちらかというと「命令」に近いと思う。
そして、この「命令」を受ける受けないということで言いあいになっている。
売り言葉に買い言葉で、空太は「(先生も)三十路だ」というセリフを吐く。
たしかに千石先生も、人間なので年をとる。だけれども、29歳になったあとで誕生日を迎えると、30歳になるはずです。
ところが千石先生は、自分はまだ「29歳と15か月」だと主張している。そして、そのことを理由に「まだ三十路ではない」と言っています。
ここにある誰が三十路ですって~!?
というところが、「緩叙法(一重否定)」になります。
この文を、分かりやすくしてみると、三十路であるはずがありません
となります。- まずはじめに、「三十路」ということば出てくる。これは、会話の成りゆきから考えて、「否定的なことを示す単語」だといえます。この単語をさらに、「ありません」ということばによって、否定します。この結果、「30歳にはなっていない」という(無理のある)主張が強調されることになります。
- ですので、「緩叙法(一重否定)」になります。

緩叙法の分類
- 緩叙法とは、弱めの表現を使うことによって、逆に強める意味をもともののことをいいます。ですので、「ひと目見たばあいは、意味をやわらげる」。でも「実際には、ことばを強める効果を持つ」という2つの条件をみたしているのが、緩叙法です。
で。具体的に「緩叙法」に含まれるパターンがあるか。それをあらわしたのが、下の図となります。 | ┌ ┤ │ └ | 否定を用いる
| ┬ └ | 一重否定(悲しくはない→うれしい) |
緩叙法 | 二重否定(うれしくないわけではない→うれしい) |
| | ┌ ┼ └ | 選択(好意を持っています) |
| 否定を用いない | 付加(少し酔っぱらった) |
| | | 指小辞(小鳥の「こ」) |
『レトリックの知—意味のアルケオロジーを求めて—』(瀬戸賢一/新曜社)より |
この図を見ることによって、「緩叙法」全体が見えてくるのではないかと思います。
このページのタイトルは「緩叙法(二重否定)」です。なので、上に表では、一番上にある「否定を用いる」のなかの「二重否定」にあたります。
「二重否定」は「緩叙法」に含まれるか
- すぐ上の項目にある図。これだと、二重否定は問題なく「緩叙法(二重否定)」にあたりそうです。しかし、ここには疑問だとする意見もあります。
その表を作った瀬戸賢一氏が[[[svsq- これ(二重否定)を緩叙法に含めて考えてよいかどうかは、微妙なところであろう。
- ——『レトリックの知—意味のアルケオロジーを求めて—』(瀬戸賢一/新曜社)
と書いているからです。
ですが、
- (二重否定は)緩叙法の一形態。
- ——『日本語レトリックの体系—文体のなかにある表現技法のひろがり—』(中村明/岩波書店)
- 二重否定もここ(緩叙法)にいれてよい。
- ——『レトリック辞典』(野内良三/国書刊行会)
とのことです。なので、二重否定を緩叙法の一つとして、「緩叙法(二重否定)」としておきます。