慣用重複:冗長的に同じような意味するをことばを重ねる
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慣用重複 かんようちょうふく ——

『神童』3巻110ページ(さそうあきら/双葉社 ACTION COMICS)
おまえには
耳も指も ある
茶髪

だが ハートは
この 小学生の
受け売り だな

お前に
歌いたい歌はないのか
茶髪!
-『神童』3巻110ページ(さそうあきら/双葉社 ACTION COMICS)
  • 定義重要度2
  • 慣用重複は、同じようなことを意味することばを重ねて使うことで、というレトリックです。

  • 効果

  • 効果1結果として誤解を防ぐ

  • たしかに厳密に考えれば、必要ではなかったり余計であると考えられる。だけれども、無意識のうちに意味が重なるような言いかたや書きかたを使うことによって、結果として聞き間違いや書き間違いを防ぐことに役立っている。そんな表現の方法のことをいいます。
  • キーワード:誤解(を防ぐ)
  • 使い方
  • 使い方1重なった意味を持つ表現を使う

  • 「慣用重複」の例としては、「馬から落馬する」だとか、「船に乗船する」、「下へ落下する」などが挙げられます。
  • 注意

  • 注意1言葉のムダづかいとも言える

  • 例文からも分かっていただけると思いますが、昔からこの「慣用重複」は「言葉のムダであって感心できない」ものだと言われています。
  • 例文を見る)
  • 例文は『神童』から。

    「慣用重複」の説明とはあまり関係がないのだけれども、いちおう、ここまでの流れを書いておくと次のようになります。

    主人公の「うた」、それと「和音」たちは、音楽大学の御木柴教授の家を訪ねる。
    そこで、御木柴教授から「茶髪」と呼ばれている「和音」は、歌の伴奏をすることをすすめられる。それが引用したシーンです。

    なのですが、そういう話の流れと「慣用重複」は、あんまり関係ありません。

    御木柴教授の言っている、
    歌いたい歌
    という言葉が「慣用重複」になるので、引用しました。

    私(サイト作成者)の感覚では、「歌いたい曲」とか、「歌いたいもの」と言っても、十分に御木柴教授の考えは通じると思います。ですが、引用した部分では「歌いたい歌」と言っています。

    たしかに「歌いたい歌」という表現は、とくに「活字」になった文章ではムダという印象はある。だけれども、会話では十分にありえる言いまわしだと思います。

    ですので、この表現は「慣用重複」ということになります。
  • レトリックを深く知る

  • 深く知る1「ばかばかしさ」をねらった「慣用重複」
  • 上にも書いたとおり。
    昔からこの「慣用重複」は、「言葉のムダであって感心できない」ものだと言われています。

    そしてたしかに、その考え方にも一理あります。
    だって「落馬する」のは、ふつうは「馬」からだろうと考える。「乗船する」のは「船」にだし、「落下する」のは「下」に向かって起きるものだというふうに相場が決まっている。

    だから「慣用重複」は、ぱっと見たところ「言葉のムダ」に見える。そう考えると、こんなものをレトリックとして、いちいち説明する必要はない。そんなふうに思う人が、多いかもしれません。

    ですが。
    日ごろの生活の中では、そういった重ねた言い方にも意味があります。それは、ひとことでいえば「言い間違いと聞き間違いを防ぐ」というものです。

    たとえば、聞き取りにくくて「馬から、ラク……ル」というふうにしか聞き取れなかったとします。けれども、「馬」というキーワードと、「ラク」という中途半端に聞こえた言葉から、たぶん「馬から落馬する」と言いたかったんだろうと判断できる。

    そういうふうに、まわりがうるさくて聞こえにくかったりとか、言い方がよくなかったときとか。そういうときに、この「慣用重複」というレトリックは大きな効果があります。

    ことばは決して、自分の表現したことが完璧に100%、もれなく相手に伝わるとは限らないのです。そのようなことを考えれば、「慣用重複」は決して「言葉のムダ」ではないのです。

    まあ。
    マンガをはじめとした文章の「活字」が「聞こえにくい」ということはありません。ですので、正式な小説や論文みたいな「文章」で、この「慣用重複」にお目にかかることは、あまりありません。そして、そのことはマンガについても言えます。

    ですが「慣用重複」は、会話するなかで十分に役に立っているものです。なので、レトリックの1つとしてページをつくってみることにします。

  • 深く知る2「ばかばかしさ」をねらった「慣用重複」
  • たしかに「慣用重複」は、ムダに言葉をくり返しているものです。なので時として、ばかばかしいものになります。というか、ばかばかしい効果をねらって使うばあいもあります。

    そういったわけなので。「慣用重複」は、「 冗語法」の一種にもあたります。

  • 深く知る3漢語を和語でくり返す「慣用重複」
  • ここまでは。
    「慣用重複」を使わなくてもよい場面について、いろいろと書いてきました。つまり、なにかを相手に伝えるということだけを考えれば、とくに必要だというわけではないという場面を前提にしていました。

    ですが、日本語には。
    「慣用重複」を使わないで表現するということが、かなり難しい
    というものがあります。

    それは、どういうものかというと。
    漢語を和語でくり返す
    ばあいです。つまり、一度「漢語」で使われたことばを「和語」で受けようとするとき。そのときに、「慣用重複」を避けにくいものがあるのです。

    上に書いたのは抽象的なので。具体例として、
    書類に書く
    といった表現を見てみることにします。

    まず、「書類」ということば。これは、漢語です。もしかしたら「書類」というのは、日本人がつくった単語かもしれません(つまり、和製漢語なのかもしれなません)。けれども、そのあたりを深く考えなければ、「書類」ということばは漢語です。

    つぎに、「書く」ということば。これは、和語です。「書く」ということばを「ショく」というふうに読むのはムリです。おそらく、ゼロと言っていいでしょう。なので、「書く」は和語です。

    さて。ここで、「書類を書く」という単語を見てみると。
    漢語である「書類」に使われている「書」という文字が、和語である「書く」というところでも登場していることがわかります。

    そして、ここで注目したいのは、
    「書類を書く」という言いまわしが、ごくふつうのものだ
    ということです。

    ここで。
    「書類を書く」という意味に近いことばと比べて、「書類を書く」という言いまわしがどれくらい多く使われているのか。それについて、サーチエンジンで調べてみます。

    つまり。
    もしも「書類を書く」という言いかたが「あまりよろしくない」と考える人が多ければ。「書類を書く」というフレーズは「避けられている」ため、サーチエンジンでのヒット数は少なくなると考えることができます。ですが逆に、とくに「それほど気にする必要はない」と考えのほうが大勢ならば。「書類を書く」ということばが、サーチエンジンでも十分なヒット数があるという結果が得られるはずです。

    そういったわけで。ためしにgoogleで検索してみると、
    • 「書類を書く」——約 292,000 件
    に対して
    • 「書類を作る」——約 473,000 件
    • 「書類を作成する」——約 294,000 件
    • 「書類に記入する」——約 28,000 件
    • 「書類に記載する」——約 5,770 件
    という結果でした。
    (2008年4月現在。調べたのは終止形だけ。)

    この結果から考えると。「書類を書く」というフレーズは、それほど嫌われているわけではなさそうです。まあ、さすがに1位の「書類を作る」には及びませんでしたけれども。かりに10人いたとしたら、3人は「書類を書く」という書きかたをするということです。つまり、それだけの数の人が、「書類を書く」という表現でも「問題ない」と思っているのではないかと推測されます。

    さらにいうと。
    歩道を歩く
    といったフレーズを見ると。こんなのは、どのように言いかえたらいいのか悩んでしまいます。

    たとえば。
    歩道を進む
    というふうに、ことばをチェンジしてみる。
    たしかに、この表現ならば。はなしの流れでもって、ある程度のフォローがあれば大丈夫だと思います。

    なのですが。
    • 歩道を(自転車で)進む

    • 歩道を(猛スピードの駆け足で)進む
    という読みとりかたをするヒトが、1人や2人は…? と考えてしまいます。

    そういったわけで。
    少なくとも、日ごろの生活の中では。「歩道を歩く」という言いかたをしたほうが無難だろうと、思ってしまうのです。

    このような考えから。結論としては、
    • かりに、もしも「慣用重複」となるような表現であっても、
      「漢語」で使ったことばを、もう一度「和語」で使うのであれば、問題ないことが多い
    ということができます。

    『言語遊戯の系譜』(綿谷雪/青蛙房)という本には、こういった「漢語と和語で同じことばを使っている」例が、いくつかあげてあります。
    たとえば、
    • 不定のさだめなき
      ——(源氏物語・若菜)
    という表現。「定=さだめ」というのがダブっていることになります。

    ほかにも、
    • 博打うち
    • 梅雨の雨
    などなど。いろいろ紹介されています。

    以上、まとめると。
    「慣用重複」のフレーズだとしても、「漢語」を「和語」で重ねている場合であれば問題はない。
    (むしろ、「慣用重複」を使わない言いまわしを考えるほうが大変なこともある)
    ということになります。
  • レトリックの呼び方
  • 呼び方5
  • 慣用重複
  • 参考資料
  • ●『日本語の文体・レトリック辞典』(中村明/東京堂出版)
  • 「強調重複」について書かれているのは、この本くらいだと思います。
  • 余談

  • 余談1「同族反復」との関係
  • これから下に書くことは。
    「慣用重複」に関わりあいのある、「同族反復」というレトリックについてのものです。

    もっといえば。
    私(サイト作成者)が「同族反復」についての感じている、ちょっとした疑問についてのものです。

    もし、時間に余裕のある方がいらっしゃるのなら。ちょっと読んでみて下さい。

  • 余談2「同族反復」と「慣用重複」との関係
  • このページでは、「歌いたい歌」という例文を使ったわけなのですが。
    この「歌いたい歌」というヤツは、「同族反復」というレトリックにも当てはまります。「歌う」という動詞が、同族語に当たる「歌」という名詞として反復している。そういったわけで、「同族反復」になっています。

    なのですが私(サイト作成者)には、この「同族反復」というレトリックについて疑問があります。

    結論を書くと、
    「同族反復」は、ようするに同族目的語構文なので文法で扱うものだ
    というものです。

    同族目的語構文というのは。
    たとえば英語ならば、「smile a … smile」だとか「sleep a … sleep」だとか、そういったものです。

    さいしょに出てきたのが動詞。で、2番目に出てきたのが名詞。そして、2番目に出てきた名詞は、さいしょに出てきた動詞の目的語になっている。でもって、この動詞と名詞とが同族語という関係にある。そのような文を、同族目的語構文と呼びます。

    そして、この同族目的語構文と呼ばれる言いまわしは、英語ではふつうのものなのです。まあさすがに、形容詞がなくなった「smile a smile」だとか「sleep a sleep」は、ヘンな文章になる。だけれども、そのようなことがなければ同族目的語構文は、問題のない文です。

    ところが。
    これを日本語に翻訳したときに、ふつうの言いまわしではなくなる。「…な笑いを笑う」だとか「…な眠りを眠る」だとか、そのような訳ができあがる。これは、おかしい。何か、違和感がある。

    もしかしたら日本のレトリック研究者は、この違和感を「レトリック」として位置づけようとしたのではないだろうか。そして、余計な同族語が再び出てくることから「同族反復」と名づけたのではないだろうか。

    私(サイト作成者)が、そのように思う理由。それは、
    欧米には「同族反復」にあたるレトリック用語が、見あたらない
    というところにあります。

    冗語法」にあたる「pleonasm」は、もともと「同族反復」の意味を持っていないと思われます。
    • 老いも若きも、誰にも反対されない」
    のような表現が、「 冗語法」の例としてふさわしい表現です。ですので、「pleonasm」と「同族反復」とは、ちょっと違います。「同族反復」にあたるレトリック用語が「pleonasm」だと考えるのには、かなり無理があります。

    また。
    『言葉は生きている—私の言語論ノート—』(中村保男/聖文社)では、「同族反覆(ploce)」というレトリック用語を使う。そのときに、
    この訳語は私が勝手に“発明”したものである。
    と、ことわり書きがあったりする。このあたりの説明のしかたにも、何か歯切れの悪さを感じさせる。

    なのに。
    そのかわりに、同族目的語構文という文法用語には、
    Cognate-Object Construction
    という立派な名前がついている。

    そういったわけで。
    同族目的語構文は、文法学で扱ってもらえれば十分です。レトリックでは、わざわざ「同族反復」と名前をつけて考えはじめなくていいです。
    そしてそもそも、「…な笑いを笑う」だとか「…な眠りを眠る」だとか、そのような訳は日本語として正しいものではありません。なので、そちらについては翻訳学で扱ってください。

  • 余談3「同族反復」についての疑問——つけ足し
  • と。
    これで、終わりになるはずだった。

    けれども、あまりにも気になる表現を見つけてしまった。それは上に長い文章を書いた、その夜のことだった。

    読んでいたのは、『S・A(スペシャル・エー)』(南マキ/白泉社 花とゆめCOMICS)の1巻。そして問題となる表現は、76ページに登場したものです。

    引用は、主人公の華園光という高校生のモノローグ。
    • 美しい緑の中
    • 午前の心地良い
    • 日差しと

    • 香り高き
    • 紅茶とマフィン
    • 香り
    • ——そう そこは

    • 華園 光(15)が通う
    • 学校である。
    ここに出てきた、「香り高き〜の香り」という文章にビックリした。そりゃあもう、目も覚めた。そして、いろいろ考えた。たとえば、「sniff a … smell」のお友達に、こんな言いかたがあったかなあとか。またもや、悩みを増やしてくれました。

    結果。
    私(サイト作成者)は、たんなる間違いだと思う。
    googleの検索で「香り高き香り」は1件。「香り高い香り」は15件。これは合計16人ほど、ミスっただけだろう。二日酔いになりながらも胃腸薬を飲みながら、もうろうとした頭で書いた人がいただけだろう。そのように考えるのがネット世界の常識だ。

    だけれど。修辞学(レトリック)もしくは文法学(グラマー)から、なにか理屈のつく文章なのかもしれない。世界は広い。知らないことは、たくさんあるかもしれない。
    と、留保をつけておこう。

  • 余談4法律用語としての、奇妙な重複
  • さて。
    いちおう、法学部を卒業した私(サイト作成者)として。
    法律用語として使われている、ヘン重複があることば。これを、2つほどあげておきます。
    • 条約法条約 (国際法)
    • 法律行為的行政行為 (行政法)
    しかも、つけ加えると。この2つは、きわめて基本的な法律用語です。

    …そうなんだけど。「条約法条約」なんて、もはや「山本山」とおなじグループのことばかと思ってしまうくらい、マヌケな言いかただよなあ。そういえば、じつは「条約法条約」というのは省略をした言いかたでして。省略しない本名は、「条約法に関するウィーン条約」となります。省略しなくても、やっぱりヘンな名前です。