- 「たとえ」をつかったタイプ
- 「しゃれ」を使ったタイプ
- 文字のならべかえを使ったタイプ
というものです。
この3つのタイプについて、これから下で少しくわしく見ていくことにします。
「たとえ」をつかった「なぞなぞ」これは、比喩(たとえ)を使ってつくられる「なぞなぞ」です。「なぞなぞ」の答えになるものは、ふだん生活でありふれたものが、ほとんどです。ですので、おおくのばあいカタチのあるものが答えになります。
そして、カタチのあるもののほうが、「たとえ」を思いつきやすいものです。そのため、「なぞなぞ」には「たとえ」が使われることが多くあることになるのです。
上にあげた例をもういちど書けば、「下は大水、上は大火事」(答え:お風呂)といったもの。これが、これにあたります。
これは、ページの先頭であげたうち、
たとえ(比喩)を使って、もともとの意味をすり変えた「なぞなぞ」に該当します。
「しゃれ」を使った「なぞなぞ
- これは、「しゃれ」を使って「なぞなぞ」を作るというタイプです。「しゃれ」というのは、「掛けことば」とか「秀句」とか「だじゃれ」とか言いかえてもかまいません。ようするに、「音」にポイントをおいた「なぞなぞ」です。
もういちど同じ例を書けば、「とってもとっても減らないもの」(答え:年齢・写真)といったもの。これが、これにあたります。
これは、使いかたのうち
しゃれ(掛ことば)の原理を使って、意味を隠し作った「なぞなぞ」 にあたります。
文字のならべかえを使った「なぞなぞ」
- さいごの3つめは、文字をならべかえるもの。これは、ひらがな(カタカナ)にしたものの順番を逆さまにしたり取りのぞいたりといったタイプのものです。また、漢字をパーツに分解して、引きはなしたり別の所をくっつけたりといったことも含まれます。
これもまた同じように例を再掲しておくと、「お日様から生まれたもの」(答え:星)。このようなものが、このカテゴリに属することになります。
これは、使い方のことろで書いたもののなかでは
文字の並びかえを使って、クイズをつくりだす「なぞなぞ」
にあたります。
「なぞなぞ」の歴史的な流れ
口承なぞ——民間で伝わってきた「なぞなぞ」の流れ
- [口承なぞ]というなかで、「なぞなぞ」の起源をさかのぼってみる。すると、「ことわざ」に由来を求めることができることが知られています。
なぜ「なぞなぞ」は、「ことわざ」に起源を求めることができるのか。突きつめていえば「なぞなぞ」というのは、質問するタイプの「ことわざ」だったのです。
もともとの「なぞなぞ」。それは、「ことわざ」がもっているのような古い教えが分かっているかどうか、理解しているかどうかを質問するという種類のモノでした。それが、時代が下るにつれて教育の面が薄れていった。分かりにくいことを相手にたずねる、というカタチが残っていった。結果として現代の人がイメージする、とんちを効かせて質問をするというような「なぞなぞ」になりました。
この[口承なぞ]は、おもに文字を知らない人々によって形づくられた社会で伝えられてきたものです。そのために、2つの特徴があります。
1つめは、なにかを比喩で描きあらわした「なぞなぞ」が多いということです。
これはぎゃくにいえば、ひらがな(カタカナ)の順番を入れかえてつくる「なぞなぞ」は少ないということです。なぜなら、文字を知らないヒトが、ひらがな(カタカナ)の入れかえを質問として受け答えするということは考えづらいからです。
2つめは、資料が少ないということです。
このタイプの「なぞなぞ」は、口から口へと伝えられるタイプのモノでした。それはつまり、紙などに残して伝わることがなかったということです。そのため現代となっては、どのような「なぞなぞ」があったのかという証拠は乏しくなっています。<
上流階級のなぞ——貴族階級で伝わってきた「なぞなぞ」の流れ
- [②上流階級のなぞ]についても、もともと「なぞなぞ」は知識を教え聞かせるというものでした。このことは、[口承なぞ]と同じといえます。
ただし[②上流階級のなぞ]では、歌物語のカタチをとっておこなわれていました。歌物語というのは、和歌を中心としてストーリーが展開するタイプの物語のことです。
そして、
こちらも[口承なぞ]と同じように、だんだんと教育の側面が少なくなっていきました。その結果、クイズのような質問を和歌に詠みこんで、相手に送るということがおこなわれました。これを「なぞなぞ物語」といいます。
さらに、この「なぞなぞ物語」が「なぞなぞ合(あわせ)」をいうかたちに発展します。
「なぞなぞ合」では、まず歌合のように何人かが集まりまりチームに分かれます。そして、一方のチームが「なぞなぞ」を詠みこんだ和歌を相手チームに示して、こたえられるかを競うことになります。つまり、「なぞなぞ」がもつ臨場感が生まれたわけです。
そしてさらに、この「臨場感」というものが、連歌の賦物に応用されていきました。賦物というのは、きまったことばを連歌の各句に詠みこむことです。このことで、ひらがな(カタカナ)の位置を逆さまにしたり移動したりする、といったノウハウが「なぞなぞ」に取りこまれていきます。
また連歌は、武士の間に広まっていったものです。ですのでこれにあわせて「なぞなぞ」も、身分の高くない階級に広まっていきました。
そして江戸時代には、「
なぞかけ」があらわれます。
「
なぞかけ」についてのくわしいことについては、そちらの「
なぞかけ」のページに書いておきます。「
なぞかけ」というのは、「○○とかけて××ととく、そのココロは△△」といったタイプの「なぞ」です。
結果として、「なぞかけ」は江戸などに住んでいる、おとなの町人向けの「なぞ」として広まっていきました。これにたいして「なぞなぞ」は、1段階少ない分だけ幼くても理解することができるものとして、おもに子ども向けに広まっていきました。
童謡(わざうた)のなぞ——中国にあった字謎の流れ
- その童謡(わざうた)とは何なのか。
これは、子どものわらべ唄という意味ではありません(それは「どうよう」)。童謡(わざうた)とは、古代の社会イベント(?)の1つです。政治や社会にかんする予言やお告げといったものが、歌として街中に広まる。そういう不思議なことが、なぜか政変などの前に起きるのです。
たとえば、むかしの中国で後漢の末期。ここでは、首都で董卓という武将が暴政をおこなった。そんなおり、都には、「千里草 何青青 十日卜 不得生。」
という童謡(わざうた)が流行する。そしてほどなく董卓は、部下(呂布)に暗殺される。
どうやら、この歌。「千里草」は「草」をくさかんむりにして、千と里とをくっつけて「董」。つぎに、上から順に卜日十と並べて、「卓」。ということで、「董卓はどうして青々としているのか(=何青青)、長く生きることはできまい(=不得生)」というような意味を隠しもっていたらしい。(『後漢書』志第十三 五行一)
たしかに、子供たちの唄として唱えられているにすぎない。しかしながら、その子どもの唄が(なぜだかわからないけれども)その後の社会や政治について知らせている。こういったことが、ひんぱんに古代中国ではありました。
「なぞなぞ」としてクイズに出されやすいパターン
- 「なぞなぞ」として、問題に出されるクイズ。その問題文には、「矛盾」が含まれているばあいがあります。
必ずしも「矛盾」がなければならない、といったものではありません。ですが問題文の言いまわしには、「矛盾」をかかえているものであることが多くあります。
ですので、このことについてカンタンに書いておきます。
「なぞなぞ」の問題文のなかに「矛盾」を持っているもの
- まず「なぞなぞ」の問題文には、それ自体が矛盾をもっているものが多くあります。さいしょのほうに書いた「とってもとっても減らない」も、これに含まれます。
常識にしたがえば、「とった」ならば「減る」はずだと考えます。ですが、「とった」としても「減らない」ものがあるというのです。このイレギュラーな感じが「なぞなぞ」を引き立てます。
「なぞなぞ」の問題文が、常識とのあいだで「矛盾」を持っているもの
- もうひとつ。
たしかに、問題文それ自体のなかには「矛盾」はない。けれども、ふつうのひとがもっている常識と「矛盾」をもっているという「なぞなぞ」も、多く見かけられます。
たとえば「入るものは知らないで,入らぬものは知っているもの」(答え:棺桶)といったあたりは、これに当たります。
「なぞなぞ」は、時代を映しだしやすい